ご命日

今日は128日。

1年前の今日、西嶋愚道和夫老師がお亡くなりになりました。

国内外で老師を慕う方たちは、それぞれ老師に対する思いを振り返りながらこの1年を過ごされたことと思います。

日本と海外の弟子達が各自の老師の思い出を文章にして、希望者は日本語・英語の両方で読める文集とするべく、有志が取り組んでいます。


合掌


# by doutetsu | 2015-01-28 09:07

「一百八法明門」実践徳目/愚かでないこと。殺さないために

1月17日(土)今年第1回目の会合。
45分の坐禅の後、講義室に移っての講読は「一百八法明門」
テキスト「現代語訳正法眼蔵第12巻」163ページ。
前回記載したとおり、昨年で正法眼蔵95巻本に編纂された巻すべてと、別輯第一「仏向上事」を読み終わり、テキスト最終巻の最後の巻に入りました。
▲○■
163ページのタイトルに『別輯第二、正法眼蔵第十一、一百八法明門(十二巻本正法眼蔵第十一)』とあるようにこの巻は十二巻本正法眼蔵にのみ入っている。
その概略は冒頭「本巻の大意」により以下のとおり。
『法明とは宇宙秩序の解明を意味し、法名門とは宇宙秩序解明のための過程を意味する。そして一百八法明門とは、正真、浄心、歓喜等にはじまる百八種類の具体的な徳目であるが<略>しかしながら仏教は、元来現実の宗教、行動の宗教であって、このような実践に関する徳目こそ、仏教における生きた内容そのものに他ならない。
そしてこのような観点から道元禅師は、仏本行集経巻六に見えている一百八法明門に関する記載を引用されて、個々の具体的な実践上の徳目がじつは仏教の実体そのものに他ならないことを力説されている。』

経典の引用ではじまる。護明菩薩が人間界に降りる直前に天上界の神々に「法明門」を説こうとする宮殿の荘厳さが表現されたのち、108の項目が説示される。
その第1は、
『正信是法明門、不破堅牢心故(正信は是れ法明門、堅牢の心を破らざるがゆえに)』
(現代語訳:正しい信仰は宇宙秩序解明の出発点である。堅固な心を破ることがないから)
と「正信」からはじまり、以下
「○○(実践徳目)は法(釈尊の教え)明(はっきりさせる)門(糸口)になる、なぜなら●●だから」
という漢文が続く。
西嶋老師の現代語訳や提唱録から抜粋すると。
15項目目『非是法明門、不殺害衆生故。』 
⇒他者の不幸に悲しみを感じることは法明門である。生き物を殺すことが無くなるから。
24『実是法明門、不誑天人故。』
⇒真実を基準として生きること。神々をも人々をもだまさないことになるから。
25『真是法明門、不誑自身故。』
⇒ありのままであること。それは自分自身をだまさないということだから。
48『陰方便是法明門、知諸苦故』
⇒人の見えないところで努力すること。ほかの人々の苦しみがわかってくるから。

「殺さない」ということについては、40項目目にも『不癡是法明門、断殺生故』とある。
愚かでないことは宇宙の秩序/釈尊の教えをはっきりさせる糸口になる。それは殺生を断ち切ることだから。
西嶋老師は「われわれが無用の殺生をするのは、愚かさが原因である、という主張がされておる」と解説された。

本巻の大半をなす引用部分は釈尊が兜率天にいて真理体得者=仏になる前、護明菩薩と呼ばれていたとき、人間界に降りる直前に説いた説法という構成になっている。
そういった意味で物語であり、巻末を除けば途中に道元禅師の解説-拈提-もなされていない。
思想体系を構成するものとしては意義が薄い巻ではないか、という疑問が西嶋老師の過去の提唱の際にも受講者から呈せれらている。
しかし、西嶋老師は108の項目を実践徳目としてここでも一つひとつきちんと解説された。
それは「行いの哲学」としての仏教を学ぶ上で、自分の身に引き寄せて考える主体性があれば、他の巻と同じく自分の生死=日常生活をかえりみ、難しいながらも意義を汲み出す意欲を刺激する大切な提唱であった。

この日退出する間際に、ある出席者が言われた。
「私たちが読んできた正法眼蔵の最後にこの巻があるのも何か意味があるような気がします」

▲○■
次回は1月31日。テキスト170ページ最終行『諸入是法明門』からとなります。
# by doutetsu | 2015-01-18 14:18 | 赤心会ゼミ録

年頭にあたって

あけましておめでとうございます。
本年も東京大学仏教青年会で実施させていただいている自主サークル、「坐禅と正法眼蔵研究会」-参加者間の別名は「ドウゲンサンガ赤心会」-についてこのブログで連絡・発信いたします。
年頭にあたり、坐禅とともに読み進めてきた正法眼蔵の読み込みを振り返り、今後の予定についてご説明します。

■自主サークルとして95巻を通読
昨年11月、「正法眼蔵」の全95巻を一通り講読し終えました。
東大仏青の正規講座としてながらく西嶋愚道和夫老師が奇数土曜日ごとに指導されてきた当会ですが、西嶋老師が中論の再翻訳(英訳、日本語訳)に注力されるため各所での指導を休止されるにあたり、当会の継続を現在の幹事に指示されたのが2004年でした。
その後の10年間は、(株)井田両国堂様の篤志で出版された「正法眼蔵提唱録」や当ブロガーが老師から受けた提唱時のメモをもとに講読を続け、都合がつかないときは他の幹事が話をするなどして、なんとか皆でこの場を守ってきました。途中数年間の春から秋までは月にいちど西嶋老師をお迎えして「中論特別提唱」を実施していた時期もありました。

2010年末に老師は体調をくずされ、2014年1月28日95歳で逝去されました。

現幹事が老師より、この場を継承し会を続けるよう、穏やかながら固く命じられてから丸10年。老師がお亡くなりになった2014年に全95巻の講読も一巡しました。
それはしかし、どうにか老師の現代語訳と提唱録をたどり終えた、ということであり、西嶋老師に直接提唱いただければ、せめて質問でもできれば、よりぶれのない読みと理解が進んだであろうことは疑いようがありません。

■現在の進捗
本会のテキストである「西嶋和夫著 現代語訳正法眼蔵 全12巻」では95巻本の最後に「八大人覚」を取り上げ、その後に別集として
「正法眼蔵仏向上事(秘密正法眼蔵第一)」
「正法眼蔵一百八法明門(十二巻本正法眼蔵第十一)」
の原文と現代語訳が掲載されています。
昨年12月にそのうち「仏向上事」の講読が終わりました。
今月17日からは最後の「一百八法明門」から講読をはじめ、おそらく3、4回で読み終わることになります。

■その後の活動
西嶋老師は道元禅師の各種著作の提唱録を残されており、そうした他のテキストを読んでいくことも検討しましたが、会員で話し合った結果、もういちど「正法眼蔵」95巻を「弁道話」から読み直していくことといたしました。

カレンダー上年間20回強の会合が予定されておりますが、昨年同様、幹事の仕事等の都合により、講読が行われない会もあると思います。機会があれば西嶋老師から嗣法した他の弟子の方のお話を聞いてはどうか、という提案もあり検討してまいります。
ただ、講読・懇談がどのようであれ、毎回必ず坐禅は行うことを予定しています。
師の丹羽廉芳禅師に「文字禅」の文字をいただき、道元禅師のテキストの正確無比な現代語訳をされた西嶋老師ですが、同時に、坐禅をはなれて文字と理屈だけで学ぶ仏道には意味を認めなかったその教えを、当会では継承してまいります。
# by doutetsu | 2015-01-01 23:52 | 活動・連絡

95.正法眼蔵八大人覚

坐禅の後、‘95.八大人覚’を講読。テキストは西嶋和夫著「現代語訳正法眼蔵第12巻」
(本巻の大意)より。
『八大人覚とは、釈尊が亡くなられる直前に説かれた教えであって、仏垂般涅槃略説教誡経すなわち遺教経の説くところである。それは少欲、知足、楽寂静、勤精進、不忘念、修禅定、修智恵、不戯論の八つをいい、いずれもきわめて具体的な実践道徳である』
本巻の大半は遺教経からの引用である。
その内容は、釈尊が涅槃に入られる前最後に比丘等に説かれた、‘偉大な人物が覚知している八項目の実践’にして、涅槃に至る道。
1.欲求を広く追い求めることをしない。
2.すでにあるもので満足する。
3.一人で衆を離れて静かに過ごす。
4.努力精進する。
5.気持ちを落ち着かせ集中を保つ。
6.心身の安定を実践する。
7.教えを聞き、思索して智慧を実践する。
8.遊戯的な議論を離れる。

最後段で道元禅師はこの「釈尊最後の教勅」を仏弟子は必ず学ばなくてはならないと強調される。結句は次のとおり。
『いま習学して、生生に増長し、かならず無上菩提にいたり、衆生のためにこれをとかんこと、釈迦牟尼仏にひとしくして、ことなることなからん』
建長5年(1253年)の正月6日に書かれた、道元禅師最後の示衆の巻である。同年8月28日、示寂。
この巻にはさらに懐弉禅師の追記がある。
いわく、道元禅師は今まで撰した正法眼蔵を書き改め、かつ新たに書き加え、全百巻に再編することを企図されたが、病が重くなってそれを果たせず、この八大人覚は新編の十二巻目にあたり、かつ最後のお教えであったと。道元禅師を慕う人は必ずこの巻を書き写し護持すべきである。
『釈尊最後ノ教勅、且ツ先師最後ノ遺教ナリ』
■■
ディスカッションでは
「釈尊最後の教えについては、これ以外のものも伝えられている。
「哲学的というより、まさに実践道徳。特に少欲知足などは現世・世俗哲学のきらいもある。
といった声もあった。
西嶋老師は、道元禅師が大事だと言われたものは、典拠の評価や正統性の問題を超えて必ず大事なものである、というお立場で提唱された。
ドウゲンサンガにおいて「正法眼蔵」を読むことは、西嶋老師の厳精な読み解きに導かれて道元禅師のテクストと向き合うことであり、そこに自分自身の人生に活かす「何か」を汲み取りたいと願う。

■■■
今年はじめに西嶋老師が亡くなられた際、お通夜で御導師に経文を渡され唱えたのがまさにこの「遺教経」であった。
# by doutetsu | 2014-10-19 17:33 | 赤心会ゼミ録

9月6・7日坐禅会参加者所感

9月6,7日の坐禅会に参加した皆様の所感を掲載します。イニシャルのアルファベット順。【男性】《女性》

○三回目の可睡齋での坐禅会、初めての方たちとも楽しく坐わることができ、うれしかったです。作務は門から階段迄おそうじしました。来年も元気に参加したいと思っております。《AT》
○ざぜんははじまりの三かいの音が、鳴ったのでびっくりしました。そこから、ずっと足のつらいたいせいでしたから、おわった時には足がすごいいたかったです。おわる時にも三かい鳴る一かいもすごくびっくりしておかあさんといっしょにびくっとふるえていました。ざぜんのとき、がっしょうすればたたいてくれるときいてやってみたらすぐにきてくれたんですがすこしいたかったです。《EK》
○「禅堂に心身奮って背を起てる老師の指導貶めまいと」「師が遠く求めし道をとつおいつ励まし歩む旅かサンガは」【EY】
○草津から軽トラで250km走破してやって来ました。坐禅は昨年と比べ、一味違った感じで、気持ちよく坐れました。食事もおいしく充実した一泊二日でした。【IM】
○なつかしき人去り来たりこもごもと永遠に続けよドーゲンサンガ【IS】
○可睡斎の坐禅会に出て感じることでありますが、主催者と参加される方々の性格が次第に会に映って来て、独自の色合いが出てきました。西嶋先生は、生活に根差した仏道を我々に託して行かれたと思います。即ち、頭の中の価値判断の仏道ではなく、人と共に、生活の中で仏道を生きること。しかし、これは難しいことであります。凡夫の遠く及ばないところでありますが、坐禅の会では、同じ志を持って生きる人達と出合って、話が素直にできることが、何となく安心でき楽しい喜びを感じました。【KG】
○皆様とご一緒させて頂きました誠にありがとうございました。全国から集まってこられるのは感心です。皆様各々が勉強熱心なのには恐れ入りました。今後とも宜敷お願いします。【KK】
○久々の接心。なつかしい顔ぶれ。同じ方向(?)を向いてよりよく生きようとする者同志の集まりはやはり心づよいものですね。幹事の方は大変ですが、年に一度といわず二度でも良いかなと思います。本当に幹事様ありがとうございました。《KY》
○久しぶりの山ごもり、日々の忙しさから解放された束の間でした。古稀を目前にし、自分の「行き方」を考えるよい機会になりました。ありがとうございました。【MK】
○ドーゲンサンガにご縁をいただき毎年この貴重な体験をさせていただき感謝しています。今日からまた新たに生きて行くことが出来ます。ありがとうございました。《MW》
○私にとっての坐禅は、正邪の判断の基本を身体で得ることです。平成26年9月7日【RH】
○所感。坐禅会が終わった後の達成感と爽快感は何物にも代え難いものです。心を新たに、これからの日常生活を送りたいと思います。赤心片々、只管打坐。以上。【SK】
○お疲れ様です。今回参加させて頂き光栄に思いました。何もわからなくても良い思い出になりました。また参加させてください。《TF》
○今後とも道元僧伽の会を継続出来るやわらかいシステムを確認してゆきたいです。2014.9.7 道元僧伽高知【TY】
○可睡斎坐禅会も今回で第3回となりました。坐禅堂での坐禅ではエアーコンで冷房して頂き涼しい環境の中で、気持ちよく坐禅できました。道元禅師の書に「夏は涼しくし、冬は暖かくして坐禅すべし」とあります。可睡斎の皆様、お世話になりました。ありがとうございました。【YA】
○坐禅を組むのは中学生以来でしたので、久しぶりに足の痛みを感じるものでした。まだ坐禅を組む意味はわかりませんが、導師のお話にあった無常についてはとてもわかりやすく、道元の考えは道理に合うことだと納得しました。二日間ありがとうございました。《YK》
○集中的に坐わることによって得られる境地を楽しむことが出来ました。僧堂という好条件の中で坐わることができることはなかなか得がたいことです。幹事の方はたいへんでしょうが、継続して頂きたく存じます。年1回皆さんと一緒できることは、はげみになります。体力を維持しながら来年も参加したく存じます。幹事の皆さん!御苦労様でした。【YS】
○故西嶋老師の佛道を断絶せしめないために何をすべきか。今回の可睡斎の集まりもその一つとして毎年続けて下さい。又思い出文集も良い企画でした。お世話になりますがよろしくお願いいたします。正眼会【YT】
# by doutetsu | 2014-09-23 09:05 | 活動・連絡

2014年度ドーゲンサンガ坐禅会会計報告

ことし9月6,7日実施の坐禅会会計報告は以下のとおりです。
ご寄付を頂いたYA様、懇談会用のお菓子を差し入れて戴いたME様およびAT様、誠にありがとうございました。

【収入】
①会費 189,500
②ご寄付(YA様) 3,000
<小計> 192,500
【支出】
①可睡斎支払 163,500
②写真現像郵送 6,000
③文具・コピー 2,374
④郵送費 1,620
⑤可睡斎手土産 3,200
<小計> 176,694
《差引》 15,806

例年同様、残金15,806円は赤心会会計に繰り入れさせていただきます。
# by doutetsu | 2014-09-15 10:03 | 活動・連絡

9月の赤心会について

7月19日に第93巻「正法眼蔵 道心」の講読が終わり、現在は東大仏青の夏季休館に伴い夏休み中です。
9月以降は従来通り、第1、第3、第5土曜日に坐禅と正法眼蔵講読の会を行ないます。
ただし、9月は6日が静岡での坐禅会、20日が担当幹事の都合のため、正法眼蔵講読はありません。
したがって9月の集まりは14時半より禅室での坐禅のみとなりますのでご了承ください。
# by doutetsu | 2014-08-02 18:56 | 活動・連絡

9月坐禅会のお知らせ

本年度も以下の要領で坐禅会を実施いたします。
日時 : 9月6日(土)7日(日) 一泊二日
      6日11時現地集合、7日13時現地解散
場所 : 静岡県袋井 秋葉総本殿 可睡齋(かすいさい)
       http://www.kasuisai.or.jp/
すでにメールで連絡いたしましたが、各地のドーゲンサンガ会員で参加ご希望の方は幹事までお申し込みください。
# by doutetsu | 2014-08-02 18:47 | 活動・連絡

6月21日の正法眼蔵講読は中止となります。

6月21日は都合により、正法眼蔵の講読は中止とさせていただきます。
14時半からの坐禅は予定通り行われます。
次回は7月5日(土)、
西嶋和夫著「現代語訳正法眼蔵」第12巻、「91.唯仏与仏」後半、82ページ
からの講読となります。
# by doutetsu | 2014-06-20 18:03 | 活動・連絡

2月15日赤心会休止のお知らせ

2月15日(土)の赤心会は、天候不良と交通機関の乱れのため、休止します。
次回の開催予定は以下の通りです。

3月1日(土)
 14:30~坐禅
 15:30~講読「現代語訳正法眼蔵12巻-89.深信因果」
# by doutetsu | 2014-02-14 17:15 | 活動・連絡