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「坐禅と正法眼蔵研究会」4月5月の予定

4月20日は予定通り実施します。
・14時半より坐禅室で坐禅
・坐禅終了後、15時半頃から講義室で故西嶋和夫老師の提唱音声聴講
提唱聴講の範囲は
・テキスト「現代語訳正法眼蔵 第4巻」ー「25 神通 」の途中、201ページ(最終行)から
*当幹事(私)は所用ため欠席となります。


今後も右欄に記載の通り、東大仏青休館日を除く第1、第3土曜日に実施します。
従い、5月4日は仏青休館日のため実施せず、5月は
5月18日(土)のみ
実施となります。

よろしくお願いいたします。

by doutetsu | 2019-04-19 11:05

4月6日の範囲/かつての老師の教えについての質問

4月6日(土)14時から坐禅ののち、西嶋老師の正法眼蔵提唱の音声を聴講します。
テキストは「現代語訳正法眼蔵 第4巻」
範囲は「25. 神通」の冒頭が前回終わり、今回は194頁から。


前回提唱聴講後、参加者から西嶋老師のかつての教えについての質問があり、幹事が老師と過ごさせていただいた知見の範囲内で意見を述べました。

◆ ◆

『西嶋老師はいわゆる「大乗仏教」「小乗仏教」をどう対比されていたか?』

前々回まで聞いた「24. 仏教」の巻にあるように、道元禅師ご自身は経典を尊重される立場から「小乗」に属する故にその経典を軽視する、ということはなかった、というのが西嶋老師の理解。
一方でかつて幹事が「大乗非仏説」のような考え方についてお尋ねしたとき、老師は
「大乗の教えはやはり高度なものですよ」
と言っておられた。移動中のことでそれ以上お聞きできなかったが、深い口調でそう言われた。

『今日やった「神通」の冒頭には、最小単位の中に全世界に匹敵する「事柄」がある、といった、先端の宇宙論に出てくるような考えが出てくるが?(老師の現代語訳ではそれが明快)』

答えにならないけれど、老師は宇宙論や量子物理の本を晩年も読んでおられたのを覚えている。
道元禅師の宇宙観は現代の科学に匹敵するものであった可能性がある、とお考えの風情ではあった。
ただ「贔屓の引き倒し」のような粗雑なことは慎まなければならないし、道元禅師が現代の最新の宇宙論の知識を先取りしていた、と言うことは私どもにはできない。
道元禅師の宗教的天才性がどれだけの射程の「真理」を知悉していたか、していなかったかを、伺い知ること、語ることは私どもにはできないと思う。

◆ ◆ ◆






by doutetsu | 2019-04-05 16:08

2月の予定

例月通り、2月2日(土)・16日(土)に実施します。

・14時半より坐禅室で45分間坐禅
・その後講義室で西嶋老師の提唱を聴講。
 ディスカッションを含め17時に修了

となります。
テキストは西嶋和夫著「現代語訳正法眼蔵第4巻」
「二十四巻 仏教」の途中からになります。

by doutetsu | 2019-02-01 19:08

洞慶院坐禅会 参加者の声

たいへん遅くなりましたが、9月に行った静岡の久住山洞慶院での坐禅会に参加した皆様の「ひと言感想」を掲載します(順不同)


「皆様と一緒に坐禅を楽しむことが出来、何よりの休暇となりました。

本当にどうもありがとうございました。

3年の月日の早さと長さの重みを、沁み沁み感じた坐禅会でした。

また、典座寮の仕事も皆様のご協力のもと、手際よく出来たのではないかと思います(もちろん、ビジタ和尚のご指導を抜きにはとても難しかったと思いますが)。

快く今回の坐禅会を許可してくださった洞慶院方丈様、参加者皆様、すべての方々に心よりお礼申し上げます。

また来年も、お会いしたいものですね」T


「ひさしぶりに洞慶院を訪れ感無量です。気持ちを新たにしました」H M


「ひさびさの洞慶院、ありがたかったです」T Y

「安楽の訪問には、まだまだほど通り坐禅でしたが、皆さんとご一緒にする坐禅は楽しいものだと納得いたしました。

而今、而今の連続、とても充実した有時でした。合掌

又、この様な機会を期待致します」H Y


「カナカナの 一声止んで 朝しじま」Y T


「今度の久々の洞慶院接心を企画して頂きありがとうございました。

実家に帰ったようなぬくもりの中久情を分かちあえて幸せでした。

やはりサンガとは同じ方向をむく同志が集い、学び信念を確かめあうものだと思います」K Y


「気持ちよく、坐れました」I M


「西嶋老師のドーゲン・サンガ全体の集まりを企画してくださり、ありがとうございました。

 来年も年一回は、皆様と集まり坐禅しましょう」Y A


「蜩と雨が交互に屋根を打つこの禅堂のふたたびの朝」E Y


「人と世の中は、色々移ろって行きますが、洞慶院のたたずまいは、昔の記憶のままでありました。
仏法や坐禅の難しい話はさて置き、昔通りに坐禅堂で静かに坐ることができ、それだけで充分良かったと思いました」K G


「洞慶院 懐かしきかな 久住山 わがふるさとの 洞慶院よ」S I


「大変楽しい一日でありました。また来年もよろしくお願い致します」R H


by doutetsu | 2018-12-04 11:15

本日11月3日、赤心会はありません。

本日は祝日で東大仏青が休館のため、赤心会はありません。
当日の告知になりましたことをお詫びします。

次回は11月17日(土)となります。
幹事(柳本)は欠席となりますが、通常通り坐禅と老師提唱聴講は実施されます。
よろしくお願いいたします。

by doutetsu | 2018-11-03 08:11

5月の予定

ご案内を怠り申し訳ありません。
(4月16日、23日は幹事都合により正法眼蔵の講読/共読は休止しました)

5月の予定は
5月7日(土)、21日(土)
14:30より45分坐禅、その後「正法眼蔵」を西嶋老師の読解に即して読んでいきます。

本日7日は「11.正法眼蔵有時」
テキスト:西嶋和夫著「現代語訳正法眼蔵 第2巻」
※貸出あり
※有志による、サブテキストあり
by doutetsu | 2016-05-07 08:49

ご命日

今日は128日。

1年前の今日、西嶋愚道和夫老師がお亡くなりになりました。

国内外で老師を慕う方たちは、それぞれ老師に対する思いを振り返りながらこの1年を過ごされたことと思います。

日本と海外の弟子達が各自の老師の思い出を文章にして、希望者は日本語・英語の両方で読める文集とするべく、有志が取り組んでいます。


合掌


by doutetsu | 2015-01-28 09:07

黙照禅と看話禅 酒井得元師論文

10月7日の赤心会の後、淡路町を歩いていて古書店を見つけ、吉川弘文館「道元禅師と曹洞宗(日本仏教宗史論集第8巻)」を入手した。
体系だった学問をしておらず宗史に無知な私には興味深い論文が多く、嬉しい。
本書2つめの論文が、酒井得元師が黙照禅と看話禅をとりあげ、白隠禅師を論駁した『禅における偏向』である。
17・8世紀の白隠禅師が口を極めて「寂黙枯坐」すなわち道元禅師流の黙照禅を罵倒していることを知った。本論分は、そうした看話禅側に対して、仏教本来の無為法ではなく、有為法を契機として、凡夫が自己の理想像へ向けて為にする努力をし、結局自己陶酔の独善に陥らざるを得ないものであると論駁する。
西嶋老師の指導により、公案も、数息も無い、ただ坐る坐禅を習ってきた私たちは、頭で考える、何かを狙って行動を統制するという、日常で嫌になるほど体験していることを坐禅に持ち込むことはバカバカしいと、思う。
しかし、それに専心、目を剥き、歯を食いしばり、非日常の異常体験をねだってハアハアしてる人たちもいるらしい。
一方で、「恍惚感による実存不安の乗り越え」が通常の「宗教」の機能のひとつであろうと私は思う。だからそれを提供する「宗派」を否定はしない。
ただ、原理的な解決にならないそうしたシステム以上のものを仏教は与えてくれると思っている。
「仏道を特殊化して錯乱せしめる白隠師は(略)「無事これ貴人」を説く臨在大師をも誹謗したもの」とある。臨済派が皆、そうではないということだ。
論駁の構成は緻密に思える。200年前にからんできたのはあっちだし。
反対当事者からは再反論もあろう。それでも、能所を分かたず、分別を容れず、修行の確かさに証せられる、黙照の坐禅とは階梯が違うのでおそらく噛み合わないのだな、と思った。
両者は「同一富士山を登る登山口の相違」ではまったくない、と酒井師。
忘れていたが「公案でも数息観でも瑞息観でも、いずれ宝蔵はひらける」と言う曹洞宗僧侶と昔会った。それらを使い分けて坐禅の指導をしている、という曹洞宗寺院のホームページもある。
自分の師に即してのことだろうが、「龍蛇を弁ぜず」の類ということにならないか。
本論文中に引用されている面山和尚の、’道元禅師が用いていないことは、天下挙げて用いたとしても自分は用いない’の発言は、西嶋老師とまったく同じ。
広範に及ぶ道元禅師のテクストの外側に出ようとする必要は、無いということだろう。
最終節に永平広録より
「いまだ仏道の通塞を明らめず空しく至愚の独居を守るは、豈に錯に非ずや」
の語がひかれている。
サンガの重要さを思い返した一文だった。
by doutetsu | 2006-10-15 15:12

生産性新聞 9月5日号「毎朝の坐禅」 転載

社会経済生産性本部発行の生産性新聞9月5日号「ほっとタイム」に掲載された原稿を転載。
知人の依頼で坐禅について何か、と言われ書いてみた。
1200字という制約で、やたら漢字が多く硬い文章になってしまった。
何より西嶋老師について書き足らなかったのが残念だが、この記事を見て何人かにでも関心を持っていただけるのならば、と思い掲載してもった。
■ ■ ■ ■
毎朝起きると、ベッドの横に置いてある丸い蒲団に腰を降ろし、庭に向かって坐禅をする。両足を組み、掌を重ねて親指の先をつけ、目は開き口は閉じ、背筋を伸ばす。
物音や目に入るものも、次々に心に浮かぶ事柄もそのままにし、追いかけない。後悔や不安にかられても、坐禅中は是非や善悪について考えない、という教えに従いただ姿勢を正す。10分20分と坐っていると、雑多な思いや感情の合間に、身心が静まる瞬間を実感する。30分たち、合掌して組んだ足をほどく。
それだけの坐禅を、毎日やる。二日酔いのときも、しみじみとつらさを噛み締めながら坐る。時間が無いときには10分でも、旅先や出張先でも坐る。なんとか毎日坐禅をするようになって約十年たつ。
父の葬儀に禅寺を借りたことで興味を持って読み始めた本のうち、これはと思った著者が東大仏教青年会で正法眼蔵の講義と坐禅指導をしていると聞いて参加した。西嶋愚道和夫老師とここでお会いしなければ、煩悩のカタマリのような私が、坐禅を続けるようにはならなかったと思う。
老師は、戦後東大法学部を卒業し、大蔵省、日本証券金融常任監査役と、実業の道を進みながら道元禅師の「正法眼蔵」全巻の精密な現代語訳を出版された。竜樹尊者の「中論」の梵語原典からの翻訳の他、「仏教・第三の世界観」等多数の著作があり、さらに外国人の弟子とともに出版した「正法眼蔵」英訳に続き、現在は「中論」の英訳、独訳に取り組んでおられる。
前永平寺管長丹羽廉芳禅師より嗣法された師家で、昨年までは顧問であった井田両国堂提供の市川ドーゲンサンガを拠点に、東大仏青、東方学院等各所で指導をされた。現在は外部での指導は引退され、86歳の今日、坐禅と著述の傍らブログを通じた日本語と英語による啓蒙を続け一人暮らしの日々を律しておられる。様々な教えを受けたが、企業の人事担当者の会で言われた「人間を技術的に操作しようとしないこと」という助言は仕事の折に思い返す。
「正法眼蔵」の奥深さ、美しさに魅せられる一方、坐禅を最も重視される老師の指導を受け、怠け者の私も毎日坐ろうと務めるようになった。師の教える坐禅は道元禅師の遺則だけに従う只管打坐で、肩を叩く「警策」も、公案も用いず、息を数えることもない。
現在、師の指導を受けた弟子の多くは、朝晩30分のこうした坐禅を日課としつつ、それぞれ坐禅会や勉強会を継続している。本郷三丁目の東大仏青でも、有志のサークル「赤心会」の名で毎月奇数土曜日の午後、坐禅と正法眼蔵研究の会を継続している。
坐禅の体験は言葉で説明できない独特のもので、常に新鮮。未体験の方は西嶋老師のブログなどを参考に、自宅で坐禅を試されると、各人各様の「実感」があると思う。
【ブログ集】西嶋老師ドーゲンサンガ赤心会幹事
by doutetsu | 2006-09-10 15:36

2006年洞慶院坐禅会・速報

8月26,27日 今年も静岡羽鳥の洞慶院での坐禅会が開催された。
昨年より西嶋老師が参加なさらなくなり、日程も1泊2日に短縮している。
それでも今年も19名が参加し、40分×7柱の坐禅、作務、懇談会のスケジュールをこなした。
関東、関西、山口、高知から、西島老師の指導を受けた人々が参加し、語り合った。
山中の由緒ある名刹で、染み入る虫の声を聞きながら坐禅をする実感は、格別のものであった。
来年夏の再会を約して、解散した。


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by doutetsu | 2006-08-27 21:48