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1月15日(土)赤心会正法眼蔵『洗面』

坐禅の後、講義室へ移り開経偈を唱えて開始。
講読に先立ち、幹事より西嶋老師のご様子について分かっていることをお伝えした。

【テキスト】西嶋和夫著『現代語訳 正法眼蔵(第8巻)』
【実施日】2011.01.15
【講読範囲】『56.正法眼蔵洗面』121~137頁
【参加者数】幹事含め9名
【ポイント】
この巻は入浴、洗面ならびに嚼楊枝(今でいう歯ミガキ)という日常の行為について仏教的な意味を説いた巻。
また、巻末には本巻が3度にわたって説示されたという記録があり、その説示(記載)が道元禅師の意図したものであるとすれば繰り返し説く必要・理由があったという推定ができる。

難解抽象的な思想表現が多い「正法眼蔵」にあって、異例なほど具体的な行為の説明が行われる。
一方で、そのことが「正法眼蔵」の持つある特徴を示すものとして取り上げられることが多い巻でもある。

身体を洗い清める、口(歯や舌)を清潔にするという習慣が釈尊以来伝わっており、定式を守ってそうすることが仏道修行そのものである。
世界が浄か不浄か、それが自分にとってどうか、といった把握・裁断することのできない「客観」と「主観」を日々の行いによって統合することが仏道=正しい生き方である。
極めて具体的な表現の中に、そうした主張をくみ取ることができる。

■ ■

法華経に、身体を清め新しい衣服を着れば「内外ともに浄なり」という。
愚かな者はわずかに身体の表面をきれいにして意味が無いという。仏道を知らぬものの言うことである。
「這裏是麼所在、説細説麤(しゃりこレしもノしょざいゾ、さいヲとキそヲとク)」
⇒提唱録:人は住んでいる世界をときには素晴らしい世界だといい、ときには粗末粗雑な世界だという。いったい何なのかといえば。言葉で表現できない何かが存在している場所だとしかいいようがない。
「計我をさきとすべからず、計我を実とずべからず」
⇒ものを考える自分あるいは概念でとらえた自分を第一としてはならない。その自分が実体あるものとして頼ってはならない。
「もしおもてをあらはざれば、礼をうけ、佗を礼する、ともに罪あり」
⇒まず自分の顔を洗う、ということが礼拝を礼拝たらしめる。

★次回1月29日は『洗面』の続き、139頁より。 
by doutetsu | 2011-01-16 14:16 | 赤心会ゼミ録

2011年『坐禅と「正法眼蔵」研究会』について

2011年も、従来同様以下の要領にて
『坐禅と「正法眼蔵」研究会』を開催しますのでご案内いたします。

【会場】東京大学仏教青年会<通称、東大仏青>
【日程】毎月第1、2、3土曜日(休日ならびに仏青の冬季・春季・夏季休館期間を除く)
【時間】 14:30~15:15坐禅(坐禅室)
      15:30~17:00 講読(講義室)
【テキスト】「現代語訳正法眼蔵 全12巻」西嶋和夫著 金沢文庫刊
       ※初参加の方は貸出用が1冊あります。 
【会費】400円(初回無料)

1月は15日、28日開催予定。
15日は第8巻、121頁「洗面」からになります。

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昨年まで3月から11月のあいだ毎月1回開催していた
『西嶋老師「中論」特別ご提唱』
は今のところ開催時期未定です。
by doutetsu | 2011-01-13 14:22 | 活動・連絡

西嶋老師(プロフィール他敬称略)

西嶋和夫(にしじまかずお、1919年11月29日-)日本の仏教者。
大蔵省、日本証券金融等に勤務のかたわら仏教研究を行い、その主著「現代語訳正法眼蔵全12巻」は道元禅師の著した「正法眼蔵」の最初の全巻現代日本語訳である。仏教に関する多数の著書があり、ナーガールジュナ(竜樹尊者)の著作「中論」の日本語訳を出版して以降はその講義と再改訂ならびに英語訳に取り組んでいる。
1973年に永平寺東京別院にて丹羽廉芳老師(にわれんぽう、1985年に永平寺77世貫主)のもとで出家。法名愚道和夫(ぐどうわふ)。1977年同老師より嗣法。
東京大学仏教青年会をはじめ各所で日本人ならびに外国人に坐禅指導と講義を行い、日本はもとよりアメリカ、ヨーロッパ、南米において弟子が活動をしている。

※ご経歴、著書等について今後整理し別途公開の予定です。

★西嶋老師は2010年12月に体調を崩され入院されています。ご家族が連絡・お見舞い等を謝絶されています。
by doutetsu | 2011-01-03 11:43 | 西島老師について