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2010年1月30日「仏道」

新しく参加された方がいたが欠席も多く参加者6名。
引き続き、西嶋和夫著「現代語訳正法眼蔵第7巻」をテキストとして、151頁「49.仏道」の巻に入った。

正法眼蔵においては他に「仏教」「仏経」という巻がある。
また仏道という言葉は「正法眼蔵」に頻出する言葉であり、多くは「釈尊の説かれた思想体系およびそれに基づく倫理規範」という意味で用いられる。西嶋老師はこの「仏教」の巻の要点を151頁「本巻の大意」で端的に書いておられる。
『ただしこの巻において中心的な主題として主張されているところは、仏道そのものの内容ではなく、仏道は本来綜合的な、そして普遍的な思想であるから、これを一定の修行法や一定の個人思想に局限して理解することは、非常に広大な思想を極めて狭小な範囲の思想として理解するという意味で誤っているという主張である』
したがって、釈尊、達磨大師、大鑑慧能禅師その他の祖師のことばを引用しながら、『仏道を呼んで禅宗と称することや、雲門宗・法眼宗・潙仰宗・臨済宗・曹洞宗などの名称で呼ぶことを特に警めておられる。』

比較的長い巻であるが、要はこの大意のとおりを、詳細・具体的かつ論理的に説きとおした巻といえる。

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162頁
『禅定精進の条条をわかず、仏之知見を唯達せしむ。精進禅定をきらはず、唯達せる仏之知見なり。』

坐禅の境地や修行のひとつひとつをことさらに論じ取り上げるのではなく、また避けることもせず、ただ釈尊のものの考え方に到達することである。

166頁
『いはんや三句・五位・十両真知あらんや。釈迦老子の道、しかのごとくの小量ならず、しかのごとくを大量とせず』

修行の階梯について臨済禅師等があれやこれや細かく語句を作っているが、釈尊の教えはそのような小さなことに限定されたものではなく、そのようなものに大きな意味を認めるものではない。

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次回は2月6日。172頁より。
by doutetsu | 2010-01-30 22:50 | 赤心会ゼミ録

2010年1月16日「説心説性」

正法眼蔵l講読の2010年度第1回は48巻「説心説性」
西嶋和夫著「現代語訳正法眼蔵第7巻」

説心説性は精神を説き、本質を説くことであり、言葉を使って抽象的に説明することであって、臨済宗大慧禅師などは真理を体得するさまたげになるので避けるべきとしている。
しかし道元禅師は、この世の一切の事象が自己の精神を発揮し、本質を発揮することであるみて強く肯定している。
また、言葉で論議をすることも仏道修行の必須のプロセスとみている。
現象以外に本質は無い、という見方に通じる文章があり、さらに「現象=精神×本質」と説いているように読める部分もある。

キーセンテンス。
『きのふの説心説性は百不当なりといへども、きのふの説心説性の百不当、たちまちに今日の一当なり。
行仏道の初心のとき、未練にして通達せざればとて、仏道をすてて余道をへて仏道をうることなし。』


本年度も、東京大学仏教青年会の春・夏・冬季の休館日以外、休日を除く第1/2/3土曜日に実施します。
また、昨年同様、3月から11月までの第3土曜日は西嶋老師の「中論」特別ご提唱会を開催します。
by doutetsu | 2010-01-17 22:04 | 赤心会ゼミ録