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「行持」 どれほど大切なものも、時間のなかで失われていく。

4月7日。
東京大学仏教青年会の新年度開始後、最初の赤心会。
参加者11名。

引き続き「行持(上)」を講読。
テキスト「現代語訳正法眼蔵 5巻」P162からP170

■昔から、真実を体得した祖師がたが繰り返し言ってきたことがある、という説明から。
ただ100年生きるよりも、1日生きて、釈尊以来の教えの中核をつかむことの方が価値がある。
1日、という時間は取り返せない。無駄にしてはならない。
坐禅を中心として行いを保持する努力を怠ってはならない。

時間が進むのが速くて努力が追いつかないのではなく、自分が行わないから時間が無駄に進むのだ。
時間を惜しんで、行持を重ねるために、肉親の情(恩愛)や人間関係(諸縁)に執着してはならない。

★「われもし恩愛をなげすてずば、恩愛かえりてわれをなげすつべき云為<うんい>あるなり。
恩愛をあはれむべくは、恩愛をあはれむべし。
恩愛をあはれむといふは恩愛をなげするなり-P163」

どれほど大切なものも、時間の経過の中で変わり、遠ざかり、消えて行く。執着しても確かなものではないためつらさが増す。
できることは、自分が自分として真実を実感しながら行い、生きていくこと。

これらの考え方は仏教のきびしい側面といえるが、一方で誰もが真実と一体になって生きられるメソッドとして「安楽の法門」たる『坐禅』がある。

★「おほよそひそかに貪名愛利をなげすてぬれば、日々の行持に積功のみなり-P167」

他の人に知られずとも、ひそかに自分の中の「褒められたい気持」と、「利益へ執着する気持」を捨ててしまえば、その後はすべての行いが、正しい行いによる仏道修行そのものになる。


★★★

ディスカッションの時間に、「これは親子の情にとらわれがちな現代人への忠告に思える」という意見が出た。

前回のパートにもあったが、自分の行いをコントロールするよりも「確か」なことは原理的に存在しない、ということだと思う。
肉親の情の棚上げも、名誉や利得への執着を絶って自分の行いを律するなど、かなり難しいことではあるけれど。
そう答えると、2回目の参加者Mさんから強い口調で反対論が出た。

内容を私なりに解釈して再現すると
「そのような日常への教訓や人生哲学の読みはおかしい。もっと真実のドン、としたところが問題な筈
「すべてを捨てるなど、在家の我々には無理、ブログを読む限り西嶋先生は在家主義の筈

後者の、西嶋老師が在家主義なのはそのとおりで、宗門の営為には関心を持っておられない。
一方難しいのは、道元禅師は男・女・出家・在家すべてに価値があるとしていたのが、後には出家を強く進め、また女性の大悟に否定的になる。
出席のK先輩によると、永平寺に移られた後、厳しくなっている点はひとつの問題だとのこと。
西嶋老師は、目の前の現実の問題を重視し、そこに解決力がなければ仏道ではないというお立場で提唱をされている。

前者については、確かに卑近な人生訓話を引き出そうとする「読み」は、一歩間違えば矮小化につながる危険はある、という点においてのみ、肯定できる。
「絶対的で表現不可能」な中核を求める、それは一切の日常的説明を拒絶する、ということだと、神秘主義ないしは独我論というべきだろう。
「もっとドンとしたところ」、というのはたしか夏目漱石が臨在禅の師から言われた言い方だった。
発言されたMさんは臨済宗の参禅を重ねた後、むしろ只管打坐ではないか、と考えているとのことなので、どこかで臨在的な不可知論的「絶対」志向のアプローチをとっているのかもしれない。

他の参加者から再反論も出て、いつになく刺激のある場となった。
ただ、西嶋仏教哲学は平明にして現実的なものである。
そこを共有できなければ、参加しても疑問が残るばかりではなかろうか。

★★★

次回は4月21日(土) P172より
by doutetsu | 2007-04-08 23:58 | 赤心会ゼミ録

道元禅師荼毘の地 石塔

3月25日の日曜日、京都高台寺で道元禅師荼毘の地の石碑を参拝した。

高台寺は祇園と清水寺をつなぐ観光路に面するお寺で、夜間ライトアップ等観光客の誘引に力を入れている、現在は臨済宗の寺院。
受付へのアプローチ前の木柱に、道元禅師荼毘の塔があると、記されている。前から気になっていたので、午前中に訪ねてみた。
前夜すでに高台寺の中の参拝は済ませているので、道元禅師荼毘の碑だけ見たい、と受付でお願いしたところ、
「どうぞ、裏の墓地のほうにありますから、いいですよ。あとの始末はお願いします」
と、通してくれた。
観光順路でない道に入っていき、フェンスの門を自分で開けて、歴代住職の墓地らしいあたりに入って行く。
歩き回り見まわすが、どうも違うようだ。
わきにさらにフェンスと門が見えたので近づくと、あった。

案内標識もなく、誰もいない6坪ほどの一画に石碑が立っている。

うれしく、ありがたくい気持に満たされ、低頭合掌。

京都で生まれ育ち、客死したのも京都。
従って京都に道元禅師の記念地はいくつかあるが、禅師の偉大さを思えばもっと顕彰されて良いと思う。
一方で、政治・宗教の権力権威にも、また、ある意味「民衆」にも阿らなかった故かと思えば、納得もいく気もする。

3月に入って気温が上がらず、桜は咲き始めともいえない季節。
禅師荼毘の碑の横に、お好きだったという梅の木が一本、はっきりした桃色の花を咲かせていた。

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その後、京都の曹洞宗僧侶による参拝記のサイトを見させていただいた。
http://zazenkyoto.exblog.jp/i7
by doutetsu | 2007-04-08 13:12 | 活動・連絡